07.14
誹謗中傷はなぜ止まらないのか?
ネット上の誹謗中傷が深刻な社会問題になっています。どこの誰かもわからない謎の人たちから暴力的なことや嫌味を言われるのは耐えがたい苦痛です。よくないことだとどれだけ大きな声で訴えても誹謗中傷が止まらないのはなぜなのでしょうか?
そんなつもりはなかった人たちの言語化能力が低すぎる
やはり匿名であることが大きいと思います。たとえばグループ内で誰かが誰かを強く批判するなど誹謗中傷ととられてもおかしくないような発言があった場合、常識的な友人がいれば「もうやめとけよ」と止めに入りそうなものです。
誰もなにも言わない、つまり自分は正しい、もっと言い続けよう。
匿名で誹謗中傷を繰り返すような人間はシンプルにヤバいやつだと思われ、誰にも干渉されることもなく、ワイルドスピードで暴走が加速してしまいます。
もうひとつは言い方です。
なにかと嫌味を言ってくる上司がいたとしましょう。
ロクに仕事もできない給料泥棒が、お前の代わりはいくらでもいる、辞めてくれた方が会社は儲かる。
今のご時世だと完全にモラハラですよね。ネットに書き込めば誹謗中傷になるのかもしれません。
次の言い方だとどうでしょうか。
給料をもらっている以上頑張らなきゃ、このままだと後輩や新人に負けるぞ、会社の売上に貢献しなきゃダメだよ。
余計なお世話と感じる人もいるでしょうが、少なくとも嫌味ではないような気がします。このように言い方ひとつで印象は大きく変わります。
あとになって誹謗中傷していた人が「そんなつもりはなかった」と言い訳したりしますよね。感想とか意見とか批判とか。目的がどうであれネット上での表現方法はテキストです。言われなき誹謗中傷はネットユーザーの言語化能力の低さも影響しているのではないでしょうか。
みんながそう言っているからという流され人間の悪行
一方で本当に悪意を持って誹謗中傷を続ける人も少なくありません。ターゲットになりやすいのが芸能人やアスリートといった有名人の方々です。
有名人だからなにを言ってもいいというわけではなく、相手が人間である以上、言っていいことと悪いことの区別をしなければなりません。有名税という人もいますが、有名人ならすでにたくさんの税金を納めているはずなので割に合わないと思います。
さらに飲食店にも矢が飛んでくるのが近年の問題です。
食べログやGoogleのレビューには誹謗中傷と思われる書込みが数多くみられます。
マズい、二度と行かない。
実際にマズいと思ってもそう言わずに二度と行かないとしていたのが、ネット社会が生まれる前の話です。今は国民総評論家時代ですから「言わぬが花」が通用しない環境だったりします。感想や意見だけでなく悪口もレビューに書き込まれてしまいます。客という優位的立場を利用したポジショントークはクレーマーのそれと同じです。
割れ窓理論ってありますよね。
窓が一枚でも割れている建物は犯罪の温床になりやすいというやつです。たとえばタバコの吸い殻がポイ捨てされているような場所は空き缶だのペットボトルだのコンビニ弁当の容器だのすぐにゴミだらけになってしまいます。
誹謗中傷がひとつでも書き込まれると、似たような感情を持った人たちがあとに続きやすくなります。たったひとつの悪質な書き込みによって誹謗中傷のハードルがガクンと下がるわけです。誹謗中傷が長く続くと一部の歪んだ正義が世論のように見えてしまうから困ったものです。
小さな火種に風が吹き込まれ、さらに風が風を呼んでの大炎上と。
自分は匿名な上に群衆の中のひとりに過ぎない。なにを言っても許されるような錯覚に陥ってしまうのです。そーだ!そーだ!と便乗して騒いでいるくらいの軽い気持ちなのかもしれません。便乗している人の言い分は決まって「みんながそう言っているから」です。
みんなって誰だ、みんなはみんな、だからみんなって誰だよ。
と、完全に幼稚な子どもの言い訳ですが、右に左に流されやすい大人ほど誹謗中傷に加担する可能性が高いといえます。
新しい法律や厳罰ができても誹謗中傷は止まらない
ここ数年で誹謗中傷に対して法的手段を取るケースが増えてきました。訴訟事例が増える一方で法律は間に合っていません。
社会が震撼するような大事件が起こると新しい法律ができたり、罰則が強化されたりするものですが、今のところ誹謗中傷罪のようなピンポイントの法律は存在しません。あおり運転に対する妨害運転罪のように新たな法整備や法改正が待たれるところです。
現行の法律において誹謗中傷は侮辱罪や脅迫罪に問われる可能性があります。
いわゆるグレーゾーンなのでこれはOK、これはNGという明確な線引きはありません。これまでの判例や社会的常識と照らし合わせて書き込みの悪質性を見極めていくことになります。
法律には抑止力があるので「ちょっとやめとこうか」と踏みとどまる人は増えると思います。しかしどんなに厳しい法律ができようとも問題は起こり続けます。
飲酒運転がいい例です。
2006年、福岡で起きた飲酒運転によるひき逃げ事件をきっかけにした道路交通法の改正により、罰則が強化されました。事件の前は一杯くらいいじゃんと思ってハンドルを握っていた人も少なくなかったはずです。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」の基本行動が社会に広く強く浸透したのはやはり法律の力といえます。
ただ残念ながら飲酒運転の完全撲滅には至っていません。
なぜなら「飲酒運転がなぜダメなのか」の認識が人によって異なるからです。
(A)法律でダメだと決まっているから
(B)罰金と違反点数が高いから
(C)お酒を飲むと運転に必要な判断能力が低下するから
(A)と(B)で認識している人はちょっと危険です。特に(B)は警察につかまらなければOKという地獄行きの思考につながりかねません。根底にあるのは(C)ですよね。
どんな法律でも本質と生まれた背景を理解しない限り、遵守精神は身につきません。誹謗中傷罪もきっとそうです。誹謗中傷がなぜダメなのか、もう一度考え直してみませんかる必要がありそうです。